「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」の一部改正が、2026年8月27日付の官報で告示されました。適用は同年12月1日からです。用語の整理まで含めるとほぼ全条文が書き換わっており、分量だけ見ると身構えてしまいます。ただ、実務で押さえるべき点は限られています。
まず、いま走っている研究について
結論から書きます。12月1日の時点で実施中の研究は、作り直す必要がありません。
指針には経過措置が置かれており、改正前の指針により実施中の研究については、個人情報保護関連法令およびガイドラインの規定が守られている場合に限り、従前の例によることができるとされています。あわせて、実施中の研究を新しい指針にしたがって進めることも妨げられていません。
つまり、走っているものは走らせたまま、新しく始めるものから改正後の条文で組む。これが基本の運用になります。倫理審査を通したばかりの計画を12月に慌てて出し直す、といったことにはなりません。
変わるのは、これから書く計画書と、これから作る説明文書です。
いちばん大きい変更は「適切な同意」の廃止です
これまでの指針には、インフォームド・コンセントと「適切な同意」という二つの枠組みがありました。情報のみを用いる研究などでは、後者で足りる場面があったわけです。
改正後は、用語の定義から「適切な同意」が丸ごと削除されました。代諾者の定義にあった「インフォームド・コンセント又は適切な同意」という表現も、インフォームド・コンセントのみになっています。
実務への影響は、書類にあらわれます。説明文書や同意書のひな形、あるいは倫理審査申請書の様式で「適切な同意」を根拠として書いているものは、作り直しが必要になります。学内・院内の様式を使っている場合は、更新されるまで少し時間がかかるかもしれません。
手続の分け方が組み替わりました
改正前は、新たに取得するのか、自分の機関で持っているものを使うのか、他機関へ提供するのか、という取得と流通の経路で分かれていました。
改正後は、まず侵襲を伴うか介入を行うかで切り、次に試料を用いるか否かで切ります。試料を用いない研究はさらに、新たに要配慮個人情報を取得する場合、それ以外の情報を取得する場合、既存の情報のみを用いる場合に分かれます。
ここは条番号もずれています。自分の研究がどの枝に落ちるかを、条文をたどり直して確認してください。感覚で「前と同じはず」と進めると、必要な手続を落とします。
データだけ提供する人に、区分ができました
新設された用語のなかで、実務にいちばん効くのがこれです。「既存試料・情報等の提供のみを行う者」。
研究そのものには携わらず、研究者からの依頼を受けて、自分が持っている既存のデータや試料を渡すだけ、という立場の人を指します。看護研究でいえば、協力施設の担当者がこれに当たる場面が多いはずです。
手続も定まりました。特定の個人を識別できない状態で提供する場合は、その提供について所属機関の長に報告する。それ以外の場合は、倫理審査委員会の意見を聴いたうえで所属機関の長の許可を得る。所属機関の長の側にも、提供が適正に行われることを確保する体制と規程を整備する義務が置かれました。
提供する側にも手続が要る、という点をあらかじめ伝えておかないと、依頼した段階で止まります。
その他の変更
| 項目 | 変更の内容 |
|---|---|
| 多機関共同研究の一括審査 | 侵襲(軽微なものを除く)を伴う、または介入を行う研究では、一の倫理審査委員会による一括審査が義務になった。それ以外の研究は従来どおり原則 |
| 提供に関する記録の保管 | 提供した側は提供日から3年、提供を受けた側は研究終了の報告日から5年 |
| 基本方針 | ①の冒頭に「患者・市民の視点を尊重し」が加わった |
| 仮名加工情報等の扱い | 仮名加工情報・匿名加工情報・個人関連情報は個人情報保護法の各関係規定によることが明示され、同意手続の条文では「研究に用いられる情報」に含まないと整理された |
| 迅速審査の対象 | 「利益相反に関して確認が必要な研究者等の追加に関する審査」が追加された |
| 用語 | 「試料・情報」が「試料」「研究に用いられる情報」「試料・情報」に分割された。改正の分量の大半はこの書き換え |
基本方針への「患者・市民の視点を尊重し」の追加は、いま読むと理念的な一文に見えます。ただ指針本体の第一に置かれた以上、今後の審査で研究計画書への反映を求められる可能性はあります。
読むときに注意したい箇所
適用対象から外れる研究の規定で、「個人に関する情報に該当しないもの」が「研究に用いられる情報のうち既存のものであって、個人に関する情報に該当しないもの」に変わっています。「既存の」という限定が加わった形です。文言どおりに読むと対象範囲が動くことになりますが、実際の射程はガイダンスを待つ必要があります。
いま、やっておくとよいこと
- 実施中の研究を洗い出す。経過措置で従前の例によるのか、新指針に切り替えるのかを決めておく
- 説明文書・同意書のひな形を点検する。「適切な同意」を根拠にしている箇所を探す
- 12月以降に審査へ出す予定の計画は、改正後の条文で手続の枝をたどり直す
- データ提供を依頼する予定の協力施設には、提供側にも手続が要ることを早めに伝えておく
- 所属機関の規程に、試料・情報の取扱いに関する事項が含まれているか確認する
ひとつ留保があります
実務で参照されるガイダンスは、この記事の執筆時点では令和6年4月1日版のままで、改正対応版は公表されていません。条文の文言から読める範囲と、運用として実際にどう扱われるかの間には、いつも幅があります。
特に「適切な同意」の廃止が既存データの二次利用にどこまで及ぶかは、ガイダンスが出るまで確定しません。判断に迷う計画は、提出先の倫理審査委員会に直接相談するのが確実です。なお、所属機関に倫理審査委員会がなく提出先そのものを探している場合は、所属先に委員会がないときの選び方で選択肢を整理しています。
※ 本記事は指針本文(令和8年8月27日一部改正)および新旧対照表に基づき、2026年8月30日時点で作成しました。原文は厚生労働省「研究に関する指針について」に掲載されています。
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の研究計画に対する法的助言ではありません。手続の詳細は必ず最新の指針本文と、提出先の委員会の規程で確認してください。