質問紙を回収したところで、手が止まる
院内看護研究で一番多いつまずきは、質問紙を集めたあとです。何から手をつければよいかがわからず、回答用紙の束がそのまま机に置かれます。全国の100床以上の病院を対象にした調査では、88.4%の病院が看護研究を実施している一方、論文として発表するに至るのは14.8%で、不足しているものとして「データ分析・研究法の知識」が挙がっています(坂下ほか、2013年)。
この記事では、質問紙のデータを集めたあとに何をどの順にすればよいかを、Excelでできる範囲を中心に説明します。統計ソフトがなくても、ここに書いた順に進めれば、院内発表会で説明できる表と図ができます。
1. まず「問い」に戻る
分析の前に、研究計画書の問いを一文で書き直します。「何と何を比べるのか」または「何と何の関係を見るのか」が入っていれば十分です。
例:「経験年数5年未満の看護師と5年以上の看護師で、口腔ケアの実施率に違いがあるか」
この一文が、集計表の形と検定の種類を決めます。問いに関係のない項目から集計を始めると、表が増えるだけで結論が出ません。計画書で決めた主な比較を最初に片づけ、それ以外の項目は補助として扱います。
2. 単純集計:すべての項目を人数と割合にする
最初に、すべての項目について回答数と割合(数値の項目は平均)を出します。これが単純集計です。
- 選択式の項目:各選択肢を選んだ人数と、その割合(%)。割合の分母は「その項目に回答した人数」にします。
- 数値の項目(経験年数、点数など):平均と標準偏差、または中央値と範囲。人数が少ないときや分布が偏っているときは、中央値のほうが実態を表します。
- 無回答:集計から除き、表の下に「無回答○名を除く」と書きます。無回答が目立つ項目は、設問の書き方に問題があった可能性があるので、考察で触れます。
Excelでは、COUNTIF関数で人数を数え、AVERAGE関数とMEDIAN関数で平均と中央値を出せます。ピボットテーブルを使うと、項目ごとの集計を一度に作れます。
単純集計の段階で、回答者の属性(経験年数、部署、職位など)を表にしておくと、発表の「対象」の説明にそのまま使えます。
3. クロス集計:比べたい群を行に置く
問いが「AとBで違いがあるか」の形なら、Aの群ごとにBの回答を集計します。これがクロス集計です。
例:経験年数(5年未満/5年以上)× 口腔ケアの実施(している/していない)。2行×2列の表に人数を入れ、各行の合計を100%として割合を出します(行パーセント)。
表の約束は一つです。比べたい群を行に置き、割合は行ごとに出す。こうすると「5年未満では60%、5年以上では85%」と、問いに答える文がそのまま読めます。Excelのピボットテーブルで、行に群、列に回答を置けば作れます。
5段階の回答(「とてもそう思う」から「全くそう思わない」まで)は、5列のまま示すか、「とてもそう思う」と「そう思う」をまとめて2〜3列にします。まとめ方は集計の前に決め、記録しておきます。結果を見てからまとめ方を変えると、都合のよい見せ方になってしまいます。
4. 検定を選ぶ:2つの質問で決まる
検定の選び方は、2つの質問に答えれば決まります。①比べる群はいくつか(2つ/3つ以上/同じ人の前後)。②データは人数か、数値か、5段階のような順序か。院内研究の検定は、ほとんどが次の表の範囲に入ります。
| 比べたいこと | データの種類 | 使う検定 | Excelで |
|---|---|---|---|
| 2つの群で「はい」の割合に違いがあるか | 人数 | カイ二乗検定(期待度数が5未満のマスがあればFisherの正確検定) | CHISQ.TEST関数(Fisherの正確検定はできない) |
| 2つの群で平均に違いがあるか | 数値 | 対応のないt検定 | 分析ツールのt検定、T.TEST関数 |
| 同じ人の前後で平均が変わったか | 数値 | 対応のあるt検定 | T.TEST関数(対応あり) |
| 2つの群で5段階の回答に違いがあるか | 順序 | マン・ホイットニーのU検定 | できない(EZRなどを使う) |
| 同じ人の前後で5段階の回答が変わったか | 順序 | ウィルコクソンの符号付順位検定 | できない(EZRなどを使う) |
| 3つ以上の群で平均に違いがあるか | 数値 | 一元配置分散分析(分布が偏っていればクラスカル・ウォリス検定) | 分析ツールの分散分析(クラスカル・ウォリスはできない) |
| 2つの数値の関係を見たい(経験年数と点数など) | 数値 | 相関係数(ピアソン。順序ならスピアマン) | CORREL関数(スピアマンは順位に直してから) |
複数の要因を同時に扱う多変量解析は、人数が数十名の院内研究では結果が安定しません。まずは上の表の範囲で十分です。
5. 「有意差なし」も結果である
院内研究の多くは、1病棟か数病棟の20〜50名が対象です。この人数では、本当に違いがあっても「有意差なし」になることが珍しくありません。これを「違いはなかった」と書くのは誤りで、正しくは「この人数では差があるとは言えなかった」です。
- p値だけでなく、実際の差の大きさを書きます。例:「実施率は5年未満60%、5年以上85%で25ポイントの差があったが、有意差は認めなかった(p=0.09)」。
- 人数が少ないことを、考察の限界として書きます。
- 有意差が出なかったことも、院内発表では十分な結果です。「差があるとは言えない」とわかったこと自体が、次の計画の出発点になります。
逆に、多くの項目で検定を繰り返すと、偶然の有意差が混ざります。20項目を検定すれば、違いがなくても1項目程度は偶然にp<0.05になります。検定は、計画書で決めた主な比較に絞ります。
6. 表と図のまとめ方:1つの表に1つの問い
表と図の原則は「1つの表に1つの問い」です。院内研究なら、次の3点で足ります。
- 表1:対象者の属性(人数、経験年数、部署など)
- 表2:主な問いのクロス集計(群ごとの人数と割合、検定の名前とp値)
- 図1:群ごとの割合の棒グラフ(縦軸は0から始め、%で表示)
表の下には、無回答の扱いと検定の名前を書きます。円グラフは群の比較に向かないので使いません。5段階の回答は、積み上げ棒グラフにすると分布の違いが一目でわかります。
発表スライドでは、表の数字をすべて見せるより、問いに答える図を1つと、その数字(60%対85%)を大きく示すほうが伝わります。
7. よくあるつまずき
- 5段階回答の平均を出す:「3.8点」のような平均は、分布を隠します。まず割合で示し、平均を使う場合は、順序の回答を数値とみなしたことを書き添えます。
- 無回答を0点にする:欠損は除外します。0点にすると平均が下がり、実態とずれます。
- 人数を書かない:表の見出しか本文に「n=32」と必ず書きます。割合だけでは母数がわかりません。
- 検定のやりすぎ:前の章のとおり、主な比較に絞ります。
- 結果を見てから群の分け方を変える:有意差が出るまで区切りを変えるのは、研究不正に近い行為です。群の分け方は計画書どおりにし、変える場合は理由を書きます。
- 計画書にない分析を足す:倫理審査を受けた計画の範囲で分析します。追加する場合は、探索的な分析であることを明記します。
Excelでできる範囲と、無料ソフトに移る目安
単純集計、クロス集計、カイ二乗検定、t検定、相関は、Excelの関数と分析ツールでできます。順序データの検定(マン・ホイットニー、ウィルコクソン)と、Fisherの正確検定は、Excelにはありません。
その場合は、無料の統計ソフト「EZR」が使いやすく、医療系の研究で広く使われています。自治医科大学の血液科が開発・公開しており、メニューから検定を選ぶだけで結果が出て、Excelの表をそのまま読み込めます(EZRの公開ページ)。
目安として、集計表を作るまではExcel、Excelにない検定が必要になったらEZR、と分けると迷いません。
まとめ:6つの手順で発表資料まで
質問紙を回収したあとの手順は、次の6つです。
- 問いを一文にする
- 単純集計(人数と割合)
- クロス集計(比べたい群を行に)
- 検定を1つ選ぶ(群の数とデータの種類で決める)
- 差の大きさとp値を書く(有意差なしも結果)
- 1つの表に1つの問い
ここまでできれば、院内発表会の資料は作れます。
統計の選び方で迷ったら
検定の選び方や結果の読み方に自信がないときは、コノラボの看護研究支援をご利用ください。60分のオンライン相談では、データを画面共有しながら、どの検定を使うか、表をどう作るかを一緒に決めます。看護部向けには、院内研究の担当者がそろって受けられる集合研修(90分、人数制限なし)もあります。
代筆や解析の丸投げはお受けしていません。研究の主体はご本人のまま、進め方を支援します。