合格率は、入学者の話をしていません――看護師国家試験のデータで見えない側

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看護学校を選ぶとき、多くの人がまず見るのが国家試験の合格率です。学校もそれを掲げます。進路の判断材料として、いちばん手に入りやすい数字だからです。では、その数字は何を測っているのでしょうか。

合格率の分母は、受験した人です

合格率は、合格者数を受験者数で割ったものです。入学者数で割ったものではありません。当たり前のようですが、この違いは小さくありません。

仮に、同じ100人が入学した二つの学校を考えます。片方は80人が国家試験を受け、76人が合格しました。もう片方は98人が受け、93人が合格しました。合格率はどちらも95%です。

同じ合格率95%でも、入学から受験までの経過は異なることを示した図
図1 入学100人に対し、受験にたどり着いた人数が違っても、公表される合格率は同じになる(数値は説明のための仮の例)

入学した100人から見れば、この二つはかなり違う学校です。けれども外から見える数字は、どちらも95%です。入学から受験までのあいだに何人が離れたのかは、合格率には現れません。

どこまでが公表されているのか、確認しました

では、その「見えない側」は本当に見えないのか。公開データの範囲を実際にたどってみました(確認日:2026年8月29日)。

公表されているもの

学校ごとの出願者数・受験者数・合格者数・合格率は、厚生労働省の「学校別合格者状況」にあります。総数・新卒・既卒の3系列に分かれており、かなり細かい資料です。

ただし、これは厚生労働省の合格発表ページには掲載されていません。同ページに置かれているのは採点除外問題と正答で、学校別の資料は報道機関向けの配布資料という位置づけです。実際には報道各社や進学情報サイトを通じて広く流通しており、誰でも見ることはできます。

学校ごとの入学定員は、文部科学省の「文部科学大臣指定(認定)医療関係技術者養成学校一覧」にあります。設置者別・都道府県別に整理された、学校単位の一覧です。

公表されていないもの

学校ごとの入学者数は、見つかりませんでした。厚生労働省の「看護師等学校養成所入学状況及び卒業生就業状況調査」は毎年実施されていますが、公表されているのは設置主体別・都道府県別などの集計で、学校単位ではありません。在籍者数、退学者数、受験資格を得た人数も同様です。

学校単位で公表されている指標と公表されていない指標を並べた図
図2 学校単位で公表されている指標と、公表されていない指標
指標学校単位での公表出所
出願者数・受験者数あり厚労省「学校別合格者状況」
合格者数・合格率あり同上
新卒・既卒の内訳あり同上
入学定員あり文科省「指定(認定)医療関係技術者養成学校一覧」
入学者数なし入学状況調査は設置主体別・都道府県別の集計まで
在籍者数・退学者数なし

定員はあるのに、実際の入学者数がない。ここが分かれ目です。定員と入学者数は一致しません。定員を満たしている学校もあれば、そうでない学校もあります。ですから定員で代用しても、入学から受験までの経過は再現できません。

結果を測る数字は学校ごとに公表され、その数字の前提になる人数は公表されていない。

見える指標だけが評価に使われるとき

指標が評価に使われるようになると、その指標は指標としての性質を変えていく。これは古くから知られた話です。測るために作られた数字が、達成すべき目標になった瞬間、数字そのものが行動の対象になります。

ここで大事なのは、誰かが不正を働いているという話ではない、ということです。そういう主張をするだけの根拠を、私たちは持っていません。持ちようもありません。入学者数が公表されていないのですから、確かめる手立てがないのです。

言えるのは、構造の話だけです。外から見える数字が合格率だけであれば、合格率を高く保つことに向かう力が働きます。その力が実際にどう働いているかは、いまのデータでは検証できません。検証できない、ということ自体が、この記事で書きたかったことです。

看護に限った話ではありません

同じ構造は、あちこちにあります。薬学部の国家試験合格率をめぐっては、卒業判定と受験者数の関係が長く議論されてきました。大学の就職率も、分母をどう取るかで数字が変わります。進学実績も、延べ人数か実人数かで見え方が違います。

共通しているのは、比率が公表され、分母の作られ方が公表されていない、という形です。比率だけを見ると、比率を作る過程が見えなくなります。

分母を公表することは、学校を守ることでもあります

ここは、はっきり書いておきたいところです。入学者数の公表は、学校を追及するための材料ではありません。むしろ逆だと考えています。

入学した学生を最後まで手放さず、全員を受験まで送り出している学校があったとして、その努力はいま、どこにも数字として現れません。合格率だけを見れば、途中で人数が減った学校と区別がつかないからです。丁寧にやっている学校ほど、丁寧さが評価されない。

分母が見えるようになれば、そこがはじめて見えます。評価される側にとって、自分の何が評価されているのかが分かる状態は、それ自体が守りになります。何を見られているのか分からないまま数字だけを突きつけられる状況は、誰にとっても健全ではありません。

この記事で書かなかったこと

公開データを使った分析そのものは、まだ行っていません。特定の学校について何かを言える段階でもありませんし、言うつもりもありません。ここで書いたのは、公開されている範囲と、されていない範囲の確認だけです。

おわりに

当社は、研究者や教育機関の伴走支援を仕事にしています。そのなかで繰り返し出会うのが、評価される側が、自分の何を評価されているのか分からないまま置かれている状況です。学生も、教員も、研究者も、そこは変わりません。

合格率という数字は、これからも使われ続けるでしょう。使うこと自体が悪いわけではありません。ただ、その数字が何を測っていて、何を測っていないのかは、使う側も、掲げる側も、知っておいてよいことだと思います。

公表されていない分母を、どう考えるか。この記事は、そこを問いのまま置いて終わります。

※ 本記事に記載した公開状況は2026年8月29日時点の確認によるものです。所管官庁の公表方針は変更されることがあります。
※ 図1の数値は、合格率の計算構造を説明するための仮の例であり、実在する学校のデータではありません。

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