研究指導の民主化はできるか?――日本に“教員バンク”がない理由から考える

大学院・研究指導

「研究を続けたい。でも、指導してくれる人がいない。」――この相談は、想像されているよりずっと多く寄せられます。小・中・高の学校には教員の人材バンクがあるのに、大学院にはなぜ“教員バンク”がないのか。本稿では、その制度的な理由をほどき、海外の解法を眺めたうえで、いま研究指導に困っている人が今日から取れる現実的な選択肢を示します。

ある相談の風景

博士課程の院生

指導教員と研究の方向性が合わない。ゼミのたびに言われることが変わる。研究室の中に、相談できる人がいない。

働きながら研究する社会人

修士を出て現場で10年。博士号に挑みたいが、通える課程が近くになく、指導を頼める人のあてもない。

大学院を運営する側

院生は増えたのに、研究指導を担える教員が足りない。学外の力を借りたいが、制度の壁が高い。

立場は違っても、三者は同じひとつの不足――「研究指導の担い手」の需要と供給のミスマッチ――を、別の角度から見ています。看護学をはじめ、実務家の学び直しが盛んな分野ほど、この不足は深刻です。

なぜ日本に「教員バンク」がないのか

学校教育で人材バンクが成り立つのは、教員免許という全国共通の国家資格があるからです。資格を持つ人を登録しておけば、必要な学校に紹介できる。資格が「持ち運べる」ことが、バンクの前提条件です。

大学院は、そうなっていません。大学院で研究指導を担うための資格――研究指導教員としての適格性、いわゆる「マル合」――は、国の設置審査や各大学の内部審査で「その大学の、その専攻」に対して個別に認められるものです。全国共通の、持ち運べる指導資格というものが存在しないのです。

資格の可搬性の対比図。学校教育は教員免許が全国共通で人材バンクが成立するが、大学院の研究指導資格は大学・専攻ごとの審査のため持ち運べない
図1 “バンク”が成立する条件は、資格の可搬性にある

壁はそれだけではありません。大学院の設置認可は、特定の教員名簿を前提に下ります。教員は課程の構成要素そのものであり、差し替えは審査や届出の対象になる。2022年の制度改正で、複数の大学に籍を置ける「基幹教員」の仕組みは広がりましたが、上限のある例外的な扱いで、人材プールを想定した設計ではありません。加えて、学位はその大学が授与するものであり、教員人事は大学の自治の中核です。

つまり「有資格者を登録し、必要な大学院に派遣する」というバンクの発想は、資格・認可・自治という制度の前提と、根本のところで噛み合わない。技術的に難しいのではなく、構造的に成立しないのです。

海外はどうしているか――2つの解法

では海外に“教員バンク”があるかというと、派遣型のバンクはどの国にもありません。しかし多くの国は、日本に欠けている部品を別の形で備えています。解法は大きく2つです。

海外の2つの解法。フランス・イタリアなどは国の資格をどの大学にも持ち歩ける。イギリス・北欧などは学外審査員が学位審査に参加する
図2 資格を可搬にするか、外部参加を軽くするか

ひとつは、資格を持ち運べるようにする道。フランスのHDR(研究指導資格)は国家資格で、どの大学でも博士指導の資格として通用します。イタリアも全国一律の資格審査を導入し、「資格の認定」と「大学ごとの採用」を切り離しました。

もうひとつは、外部参加のコストを極小化する道。イギリスでは博士の学位審査に学外審査員を置くのが標準で、北欧の公開審査でも学外の審査者が当たり前に座ります。アメリカは資格こそ大学ごとですが、外部委員や客員の任用が事務的に軽く、必要な専門家をすぐ審査に招けます。

共通するのは、「大学の外にいる有資格者の力を、制度が使えるようにしてある」ことです。

研究指導は“ひとかたまり”ではない

ここで一度、「研究指導」という言葉をほどいてみたいと思います。

研究指導のアンバンドリング図。学位授与・学位審査は大学の固有機能、研究計画・データ解析・論文執筆・キャリア支援という指導の実質は学外にも開放できる
図3 学位は大学に、指導の実質はもっと開かれた供給に

学位を授与すること、学位論文を審査すること――これは大学だけが担うべき固有の機能です。ここを外に出すべきではないし、出せもしません。一方で、研究指導の“実質”――研究計画の設計、データ解析、論文執筆の指導、研究者としてのキャリアの相談――は、資格ある専門家がいれば、大学の外からでも提供できます。実際、企業や研究機関の研究者が客員教授として院生を指導する「連携大学院」のような仕組みは、すでに制度の中にあります。

つまり研究指導は、分解(アンバンドル)できる。学位は大学に、指導の実質はもっと開かれた供給に。この切り分けこそが、バンクなき日本で指導不足に向き合う、現実的な糸口だと私たちは考えています。

「民主化」とは何か――伴走と代行の境界線

誤解のないように定義しておきます。研究指導の民主化とは、「誰でも指導者を名乗れる」ことではありません。質が保証された研究指導に、所属や立場を問わず誰もがアクセスできることです。そしてこの定義には、倫理の境界線が不可欠です。

外部の支援は、一歩間違えば「ゴーストスーパービジョン」――実態の見えない代行――に転びます。研究の主体はあくまで研究者本人であり、学位の審査は大学のものです。この一線を守れない支援は、研究公正を損ない、結局は研究者本人のキャリアを危うくします。だからこそ、外部の研究支援を検討するときは、次の5つを確かめてください。

外部の研究支援を選ぶ、5つの基準

  1. 「執筆の主体はあなた」と明言しているか(代筆・ゴーストライティングを引き受けていないか)
  2. 研究倫理・研究公正の方針を、文書で公開しているか
  3. 誰が支援するのか――担当者の専門性と研究業績が見えるか
  4. 大学の指導や学位審査を「置き換えない」と明言しているか
  5. 「採択保証」「掲載保証」を謳っていないか(成果の保証は、構造的に不誠実です)

この5つの基準を、私たち自身がどう満たしているか。研究公正の方針は当社の公開ページで、支援の設計は伴走支援プログラムのページで、そのまま照合していただけます。

いま、指導に困っているあなたへ――4つの選択肢

制度が変わるのを待つ間も、あなたの研究は進んでいきます。現時点で取れる道を、正直に並べます。

研究指導に困ったときの4つの選択肢。学内で動く、学外の制度を使う、論文博士ルート、外部の伴走支援
図4 どれかひとつではなく、組み合わせても構いません
  • 学内で動くまずは指導教員との対話から。難しければ専攻長や研究科への相談、副指導教員の追加、指導教員の変更といった制度を使える大学は少なくありません。
  • 学外の制度を使う他大学の教員に副指導や共同研究の形で関わってもらう、学会のメンタリング制度を使うなど。所属大学に相談すると道が開けることがあります。
  • 論文博士ルートを検討する課程に入り直さず、業績を積んで学位審査に挑む道。受け入れの門戸は大学ごとに差があり長期の計画が要りますが、社会人には現実的な選択肢です。
  • 外部の伴走支援を使う民間の研究メンターと組み、指導の実質を補う道。学位は出せませんが、①〜③のどれを選ぶ場合でも併走できます。選ぶ際は、前章の5つの基準で必ず見極めてください。当社の伴走支援プログラムも、その基準のうえで吟味していただければと思います。

研究指導の民主化はできるか。制度の全面改修を待つなら、答えはまだ遠いかもしれません。けれど「指導の実質を、倫理の境界線を引いたうえで開くこと」なら、今日から始められます。私たちはその実装を、研究者一人ひとりへの伴走というかたちで続けていきます。

あなたの隣に、伴走者はいますか。

ひとりで抱えている研究、ありませんか。

博士(医学)の研究メンターが、研究計画から解析・論文執筆・科研費まで一貫して伴走します。

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