厳しい指導は、どこからハラスメントになるのか

大学院・研究指導

「これは指導なのか、ハラスメントなのか」。看護教育の現場で、この問いに立ち止まったことのない教員は少ないと思います。厳しく言えば訴えられるかもしれない。かといって何も言わなければ、学生は臨床に出られない。本稿では、この問いの立て方そのものを疑ってみたいと思います。白か黒かを問うほど、指導は止まってしまうからです。

ある現場の風景

専任教員

実習記録を何度も突き返してしまった。必要な指導のつもりだったが、あの言い方でよかったのか、いまも分からない。

看護学生

ため息をつかれ、質問しても短く返される。ハラスメントと呼ぶほどではない。でも、実習に行くのがつらい。

養成所の管理者

相談窓口は置いてある。何年も一件も上がってこない。それが安心なのか、不安なのか、判断がつかない。

三者はそれぞれ別の不安を抱えていますが、見ているものは同じです。「指導」と「ハラスメント」の間にある、名前のついていない広い帯域。ここに言葉がないことが、三者すべてを動けなくしています。

「白か黒か」で考えると、指導が止まる

ハラスメント研修の多くは、悪い言動を並べることから始まります。これは何を言ってはいけないかを知るうえで必要な情報です。しかし、それだけで終わると副作用が出ます。

日本看護学校協議会が令和6年3月に公表した報告書は、この点をはっきり指摘しています。ハラスメント=悪という単純な視点だけで対応しようとすると、教職員が必要な教育指導さえ控えてしまう萎縮効果の弊害を生じかねない、と。同じ報告書は、相談の段階で「被害者」「加害者」と位置づけると、加害者とされた教職員が不満を抱きかえって悪影響を及ぼすため、善悪の色分けをせず、より望ましい修学環境の整備という観点で調整することが理想的だとも述べています。

二値判断と帯域の対比図。ハラスメントか否かを白黒で問うと教員が萎縮するが、安全からゆらぎ、危険へと連続する帯域として見れば手を打てる
図1 問い方を変えると、打てる手が変わる

つまり、業界団体自身が「白か黒かで裁くな」と言っている。ではどう見ればよいのか。答えは、この帯域に名前をつけることだと思います。

数字が示す、もうひとつのずれ

言葉がないことの帰結は、数字にも表れています。日本学術会議が2023年8月に公表した提言によれば、調査に回答した大学・研究機関のうち、92%が被害の実態を把握していると答えています。一方で、実態把握のために教職員にアンケートを実施しているのは86%、学生にアンケートを実施しているのは10%です。

92%と10%の対比図。大学等の9割超が被害を把握していると回答する一方、学生に直接アンケートを実施しているのは1割にとどまる
図2 「把握している」の中身を、もう一度見る

把握しているとされる実態は、多くの場合、窓口に届いた相談の集計です。そして同じ調査で、相談窓口を利用しなかった理由の上位に挙がったのは「真剣に対応してもらえないと思った」「報復が怖いと思った」「人間関係が壊れると思った」でした。

ここに、静かな循環があります。窓口が信用されていないから相談が来ない。相談が来ないから問題がないように見える。問題がないように見えるから、窓口は変わらない。相談件数ゼロは、安全の証拠ではありません。何も分かっていない、という状態です。

境界の帯域に、名前をつける

看護教育の研究には、この帯域を扱う言葉があります。インシビリティ――無礼で秩序を乱す行動、と定義される概念です。挨拶を返さない。ため息をつく。記録を黙って突き返す。特定の学生の質問だけ拾わない。どれも、法的にハラスメントと認定される水準には届きません。しかし学生は、そこで折れます。

シビリティ、インシビリティ、危険な状態の3段階を示す図。インシビリティの段階までは関係を戻せる
図3 三つに分けて見ると、介入できる場所が見える

この見方の利点は、告発の言葉にならないことです。「あなたはハラスメントをしている」と言えば、相手は身構えます。「この場面はインシビリティの段階にある」と言えば、それは状態の記述であって、人格の評価ではありません。教員同士が防御に入らずに話し合える言葉が、ここで初めて手に入ります。

そしてもうひとつ。インシビリティの段階なら、関係はまだ戻せます。危険な状態まで進むと、戻すことは難しい。どこまでが可逆で、どこからが不可逆か――この線を知っていることが、実務では決定的に効きます。

分かれ目は、その後の一手にある

言い過ぎた瞬間に、すべてが決まるわけではありません。課題の遅れを厳しく責めてしまった。実習でのミスを人前で指摘してしまった。その時点では、まだ径路は固定されていません。

分かれるのは、そのあとです。翌日、教員の側から声をかけたか。聞けていなかった事情を、改めて聴いたか。一人で抱えず、他の教員と共有したか。私たちが相談を受けてきた経験から言えば、取り返しがつかなくなる事例のほとんどは、行為そのものより、その後に何も起きなかったことで決まっています

言い過ぎたと気づいたときに、教員の側から動く。これは謝罪を強いる話ではありません。聞けていなかったことを聴き直す、という手続の話です。そしてこの手続は、個人の心がけではなく、組織の仕組みとして持てます。

いま、養成所ができる4つのこと

制度が整うのを待つ間も、学生は実習に出ていきます。現時点で取れる手を、順に並べます。

萎縮せずに整えるための4つの手。言葉を持つ、手続を決める、学生に直接聞く、外の窓口を併せ持つ
図4 どれかひとつではなく、順に積み上げるものです
  • 言葉を持つ「指導かハラスメントか」の二択をやめ、帯域に名前をつける。教員同士が防御に入らずに事例を検討できるようになります。研修を入れるなら、悪い言動のカタログではなく、この言葉を渡すものを選んでください。
  • 手続を決める申立てから事実確認、結論、通知までの流れと、それぞれの期限を文書にする。学術会議の調査では、独立した調査委員会を置く大学等が多数を占める一方、調査期限を明示しているのは8%、調査委員に研修を行っているのは34%にとどまります。制度はあっても、手続の実質が伴っていない。
  • 学生に直接聞く相談件数ではなく、学生本人の認識を測る。前掲の10%という数字は、裏返せば、実施するだけで上位1割に入るということです。協議会の報告書には、そのまま使える意識調査の質問票が付録として収録されています。
  • 外の窓口を併せ持つ協議会の報告書は、学内の窓口のみでは相談すること自体をためらう場合が想定されることから、外部機関の相談窓口も用意することが理想だとしています。学内窓口を置き換えるのではなく、もう一つの相談先を設けるという発想です。あわせて、相談は被害を受けた当事者に限らず誰でも可能だと周知することも望まれる、と述べられています。

厳しい指導は、どこからハラスメントになるのか。この問いに、線を引いて答えることはできません。けれど「いまどの段階にあり、どこまでなら戻せるか」を見る目なら、持つことができます。それは教員を裁くための道具ではなく、指導をやめずに済むための道具です。

その言葉が、貴校の教員室にありますか。

「指導」と「ハラスメント」の間を、扱える言葉に。

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本稿で引用した資料
・日本学術会議 提言「大学・研究機関における男女共同参画推進と研究環境改善に向けた提言 ―日本学術会議アンケート調査結果を踏まえて―」(2023年8月29日・第351回幹事会)。調査の実施は2019年。
・一般社団法人日本看護学校協議会「令和5年度看護職員確保対策特別事業 看護師等養成所におけるハラスメント対応事例収集事業 報告書」(令和6年3月)
・厚生労働省「看護師等養成所の運営に関する指導ガイドライン」(令和5年10月改正)

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