線を引くのは、あなたの仕事ではありません――これは指導か、そうでないか

大学院・研究指導

先に、相談先だけ書いておきます

いま困っているなら、記事を全部読まなくて構いません。多くの大学には学生相談室ハラスメント相談窓口があります。「これがハラスメントかどうか分からないのですが」という入り方で構いません。判断するのは、窓口の側です。

厳しい指導なのか、それを超えているのか。この問いを、多くの人が一人で抱えます。そして、たいてい同じ結論に落ち着きます。「まだそこまでではない」「自分が至らないだけだ」と。

この記事は、線を引くための材料を渡すものです。ただし、あなたが判定するためではありません。

自分で判定しないほうがいい理由

判定しようとすると、必ず基準が甘くなる方向に働きます。理由が3つあります。

ひとつめ。比較の対象がない。研究室は閉じた場所です。他の研究室でどんな指導が行われているかを、当事者は知りません。だから「これが普通なのかもしれない」と思う。

ふたつめ。判定した結果に、自分が責任を負うことになる。「これはハラスメントだ」と結論すれば、次に行動が要ります。行動には代償がある。だから、行動しなくて済む結論を選びやすい。

みっつめ。指導には、実際に厳しい部分がある。研究の指摘は容赦がないものですし、それは必要な厳しさです。だからこそ、どこからが別物なのかが分かりにくい。

判定するのは、相談窓口や第三者委員会の仕事です。あなたの仕事ではありません。

では、何のために線を考えるのか

人に話すためです。

相談に行ったとき、「つらいです」だけでは、聞いた側も動けません。何が起きているのかを言葉にできると、相手は事実として扱えます。

この記事で示すのは、判定の基準ではなく、状況を言葉にするための問いです。答えが出なくても構いません。考えたこと自体が、相談のときに使えます。

線を引くための、4つの問い

目的・必要性・場・継続性という4つの問いを示した図
図1 判定表ではなく、考えるための軸

1. 目的は、研究や教育を前に進めることか

指導は、相手の研究や成長のために行われます。だから、目的から外れる言葉があります。人格への評価、属性への言及、私生活への介入。

目的の中にある 「この解析方法では結論を支えられない。先行研究のBの方法を検討してみてください」
目的から外れている 「こんなことも分からないなら、研究者に向いていない」
「女性はこういう研究には向かない」
「結婚するつもりなら、博士課程は無理でしょう」

研究の内容への指摘がどれだけ厳しくても、それは目的の中にあります。人格や属性の話に移った時点で、目的から外れています。

2. その内容を伝えるのに、その言い方が要るか

伝えるべき内容が正しくても、伝え方には幅があります。同じ指摘が、別の言い方でもできたか。

「この論文は投稿できる水準にない」という判断が正しいとして、それを伝えるのに、声を荒らげる必要があったか。人格を否定する言葉が要ったか。

ここは程度の問題なので、白黒はつきません。ただ、考えておく価値はあります。

3. 誰の前で行われたか

場が変われば、同じ言葉でも作用が変わります。

個別に伝えられた指摘と、ゼミで全員の前で言われた指摘は、内容が同じでも別のものです。後者には、他の学生に見せるという効果が加わります。それが必要な場面もありますが、必要でない場面のほうが多い。

4. 一度きりか、繰り返されているか

単発なら見過ごせることも、反復すれば別の意味を持ちます。

ここで記録が効いてきます。1回1回は「まあ、たまたまだろう」で済むことも、3か月分並べると傾向が見えます。記憶では、この積み上げができません。

4つ揃わないと問題ではない、ということではありません

これは判定表ではないので、いくつ当てはまるかで決まるものではありません。1つだけでも深刻な場合がありますし、4つ当てはまっても指導の範囲と判断されることもあります。ここで得られるのは、自分の状況を人に説明できる言葉です。

指導する側の読者へ

この記事を、指導する立場の方が読んでいるかもしれません。

問題になりやすいのは、悪意のある行為よりも、良かれと思ってやることです。厳しく言わないと本人のためにならない。全員の前で指摘したほうが、他の学生の学びになる。自分もそう育てられた。

どれも、目的としては正当です。ただ、上の4つの問いは、指導する側から見ても同じように使えます。この言い方でなければ伝わらないのか。この場である必要があるのか。

そして、いちばん確かなのは、相手に聞くことです。「いまの言い方は厳しすぎたかもしれない」と自分から言える関係があれば、たいていの問題は起きません。

判断がつかないまま、時間が過ぎるとき

この状態がいちばん長く、いちばんつらいところです。

おかしいと感じるが、確信は持てない。相談するほどでもない気がする。そう思っているうちに数か月が過ぎ、いざ相談しようとしたときには、何も残っていない。

だから、判断がつかない段階でこそ、記録を残してください。日付、場所、誰がいたか、何と言われたか。この4つだけで構いません。解釈は書かなくていい。

そして、判断がつかないまま相談していいのです。窓口は、判断がついた人だけが行く場所ではありません。

おわりに

この記事に、線の位置は書いていません。書けないからです。同じ言葉でも、関係性や状況で意味が変わります。だから制度は、判定を第三者に委ねる形をとっています。

あなたに必要なのは、判定を下すことではなく、状況を言葉にすることです。4つの問いに答えられなくても、考えた過程は残ります。それを持って、誰かに話してください。

「これがハラスメントかどうか分からないのですが」。この一文から始めて、何の問題もありません。

※ 本記事は一般的な情報提供です。個別の事案の判断は、所属機関の相談窓口や第三者機関にご相談ください。
※ 心身の不調が続いている場合は、研究の状況とは別に、学生相談室や保健管理センター、医療機関にご相談ください。

判断がつかない段階のご相談も

状況を整理するところから、博士(医学)の代表が直接お受けしています。当社は教育機関向けの外部ハラスメント相談窓口の受託・運営も行っています。

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