「文献を並べただけ」と言われたら――レビュー・検討・緒言は、役割が違います

研究スキル情報

「これは文献検討になっていない」「緒言が長すぎる」「同じことを二回書いている」。指導のなかで繰り返し出てくる指摘です。言われた側は、どこをどう直せばよいのか分からないまま、文章をこねくり回すことになります。原因はたいてい同じで、文献レビューと文献検討と緒言が、書き手のなかで区別されていないことです。

この3つは、似た顔をしていますが役割が違います。違いが分かると、赤が入った理由も、直し方も見えてきます。

まず、よくある3つの症状

原理の説明を先にすると眠くなるので、症状から入ります。ご自身の原稿に当てはまるものがあるはずです。

症状1:緒言が長い

投稿論文の緒言が2,000字を超えている。書いた本人としては、先行研究を丁寧に紹介したつもりです。ところが査読で「冗長」と言われる。

これは、緒言でレビューを始めてしまっている状態です。緒言は文献を紹介する場所ではありません。後で詳しく書きますが、緒言の仕事は「なぜこの研究が必要か」を示すことだけです。

症状2:検討の章が、要約の羅列になっている

学位論文の文献検討の章で、「Aは〜と述べている」「Bは〜を明らかにした」「Cは〜と報告している」が延々と続く。文献はたくさん読んでいるのに、「並べただけ」と言われる。

これは、記述で止まっていて評価に届いていない状態です。この違いがこの記事の中心なので、後半で詳しく扱います。

症状3:同じ文献の説明が、二か所に出てくる

レビューの章と検討の章を分けて書いたら、審査で「重複している」と指摘された。書き手としては、章を分けろと言われたから分けたのに、と釈然としない。

これは、章は分けたけれど扱い方を変えていない状態です。同じ書き方で二度書けば、当然重複になります。

3つは、そもそも別の仕事をしている

症状の原因を理解するために、それぞれが何をする場所なのかを整理します。分ける軸は2つです。文献そのものが成果物なのか、何かの土台なのか。そして網羅するのか、選ぶのか。

文献レビューは、それ自体が独立した論文になりうる

系統的レビュー、スコーピングレビュー、統合的レビュー、概念分析。これらは文献の集合そのものを研究対象にします。だから、検索式、使ったデータベース、対象期間、選択基準と除外基準、スクリーニングの経過を報告します。他人が同じ手順を踏めば同じ結果にたどり着けること。それが求められます。

書き手は分析者の位置に立ちます。「この領域はこうなっている」と示すのが仕事であって、自分の研究を正当化する場所ではありません。だから、自分の主張に都合の悪い文献も入れます。網羅性が命だからです。

文献検討は、学位論文の一章

修士論文や博士論文の第2章に置かれる部分です。英語ではliterature reviewですが、独立した論文としてのレビューとは役割が違います。

ここは網羅性そのものが目的ではなく、自分の研究の位置づけが目的です。とはいえ審査する側は「先行研究を十分に読んだか」も見るので、量も求められます。だから中途半端になりやすい。網羅を目指すと自分の研究にたどり着かず、絞りすぎると読み込み不足に見える。ここが院生のいちばん苦しいところです。

緒言は、論文の導入部

投稿論文なら1,000〜1,500字、学会誌によっては800字。ここで先行研究を網羅しようとすれば、確実に破綻します。

役割はひとつです。なぜこの研究が必要かを示す。構造もほぼ決まっていて、この問題は重要である、ここまでは分かっている、しかしここが分かっていない、だから本研究はこれをする。この4段が通れば、それ以上は要りません。

引く文献は最小限で、「ここが分かっていない」を成立させるためだけに引きます。網羅ではなく、論証の部品として選ぶ。

学位論文では、4つが上から降りてくる

ここで、背景・文献レビュー・文献検討・目的という章立てを思い浮かべた方もいると思います。あの4つは並列に並んでいるのではなく、扱う範囲が段ごとに狭くなっていく構造です。

背景・文献レビュー・文献検討・目的の4つが上から順に範囲を狭めていく構造を示した図
図1 4つは並列ではなく、上から降りてくる

背景は、学術の外側の話です。患者数、制度改正、現場で起きていること。なぜこれが問題なのかを、社会や臨床の側から示します。ここで引くのは統計や白書、実践報告でよく、必ずしも研究文献でなくて構いません。

文献レビューで、学術の内側に入ります。この現象について、研究は何を明らかにしてきたか。ここは記述です。

文献検討で、自分の研究の位置まで絞ります。では何が足りないのか、なぜ足りないのか。ここは評価です。

目的で、その空白を埋める問いを言い切ります。

社会の問題があり、研究がここまで到達していて、しかしこの部分は未到達で、だから自分がやる。この4段が通っていれば、審査で「なぜこの研究なのか」を問われることはありません。逆に、どこかの段が抜けていると、そこを突かれます。

記述と評価。ここが最大の分かれ目

症状2でお話しした点です。レビューと検討の違いは、突き詰めるとここに尽きます。

レビューでは、文献を記述します。中立で、書き手の立場は出しません。

記述(レビュー) Aは急性期患者200名を対象とした横断研究を行い、セルフケア行動と自己効力感の間に有意な正の相関(r = .34)を報告している。

検討では、文献を評価します。自分の研究との距離を測り、立場が出ます。

評価(検討) Aはセルフケア行動と自己効力感の関連を示しているが、対象が急性期に限定されており、療養が長期化する慢性期において同じ関連が成り立つかは検証されていない。

同じ文献です。書いている内容も重なっています。しかし後者には「〜が、〜されていない」という構造が入っている。ここが評価です。

「〜と述べている」で終わる文が並んでいたら、それは記述です。検討にはなっていません。

評価するとは、どういうことか

「批判しなさい」と言われて、先行研究の粗探しを始めてしまう人がいます。そうではありません。評価とは、自分の研究との距離を測ることです。距離の測り方には型があります。

距離の種類書き方の例
対象が違う急性期を対象としており、慢性期については検証されていない
時期が違う制度改正前のデータであり、現行制度下での再検証が必要である
方法が違う自記式尺度による測定であり、実際の行動は観察されていない
結果が割れているAとBは正の関連を示す一方、Cは関連を認めていない
説明されていない関連の存在は示されたが、その機序については検討されていない

4番目の「結果が割れている」は、特に価値があります。なぜ割れているのかを説明できれば、そこが自分の研究の入口になるからです。「AとBは対象が学生であるのに対し、Cは有職者を含んでおり、この差が結果の相違を生んでいる可能性がある」。ここまで書けたら、検討として十分です。

束ねる、ということ

もうひとつ、検討で必要なのは束ねる作業です。文献を1本ずつ順番に紹介していくと、どうしても羅列になります。

束ねていない Aは〜と述べている。Bは〜を明らかにした。Cは〜と報告している。Dは〜を示唆している。
束ねている セルフケア行動と自己効力感の関連については、複数の研究が一貫して正の相関を報告している(A, B, D)。一方で、この関連が介入によって変化するかを検証した研究は限られており、Cが唯一の介入研究であるが、対象は12名と小規模である。

文献を主語にするのをやめて、論点を主語にする。これが束ねるということです。1本ずつ紹介するのは要約であって、検討ではありません。

同じ文献を、3か所でどう書き分けるか

同じ文献をレビュー・検討・緒言でどう書き分けるかを比較した図
図2 置く場所によって、同じ文献の扱い方が変わる

先ほどの架空の文献Aを、3か所それぞれに置いてみます。

文献レビューでは Aは急性期患者200名を対象とした横断研究であり、セルフケア行動と自己効力感の間に有意な正の相関(r = .34, p < .01)を認めた。測定にはSCS日本語版が用いられている。
文献検討では Aは両者の関連を示しているが、対象が急性期に限定されている。療養が長期化する慢性期では自己効力感の維持そのものが課題となるため、同じ関連が成り立つとは限らない。本研究が慢性期を対象とする理由はここにある。
緒言では セルフケア行動と自己効力感の関連は複数の研究で報告されているが(A ほか)、慢性期を対象とした検討はない。

レビューは詳しく、検討は自分との距離を、緒言は空白だけを。分量も、詳しさも、まったく違います。扱い方が違うので、同じ文献を三度扱っても重複にはなりません。症状3の答えがここです。逆に、検討の章で研究の特性を並べ直すと、レビューの繰り返しになって冗長と言われます。

レビューと検討、両方置くべきか

ここは判断が要ります。結論から言うと、多くの学位論文では、どちらか一方で足ります。

両方を独立した章として立てるのは、レビューそのものを研究成果として扱う場合です。たとえばスコーピングレビューを研究1と位置づけ、査読論文としても投稿する。そういう構成なら、レビューの章は独立して成立します。

そうでないなら、文献検討の章のなかにレビュー的な記述を含める形で十分です。章を分けると、同じ文献の説明が二か所に出てきて、審査で重複を指摘されます。

分ける場合の注意

各研究の緒言では、レビューの章を繰り返さないでください。「第2章で述べたとおり」と参照したうえで、そこから自分の問いとの距離だけを書く。緒言は1,000字前後しかないので、そもそも入れる余地もありません。

分野によって、慣行が違います

ここまで書いてきたことには、分野ごとの揺れがあります。

看護系では「文献検討」を独立した章として立てることが多く、教育系や心理系では「先行研究の検討」と呼ばれます。医学系は英語の作法に寄せて、序論に圧縮し、レビュー章を持たないことが少なくありません。

また、日本語の「文献検討」が、学会によってはレビュー論文そのものを指すことがあります。投稿するときは、投稿規程の投稿区分を必ず確認してください。「総説」「原著」「資料」で、求められるものが違います。

論理より慣行が支配する部分です。所属研究科で受理された博士論文をいくつか読んで、その章立てに合わせるのが確実です。

書き始める前に、確かめること

  • 自分が書こうとしているのは、独立したレビュー論文か、学位論文の一章か、投稿論文の緒言か
  • レビュー論文なら、検索式と選択除外基準を先に決めたか
  • 検討の章なら、文献ではなく論点を主語にして構成できているか
  • 緒言なら、この問題は重要・ここまで分かっている・ここが分からない・だからこうする、の4段が通っているか
  • レビューと検討を両方置くなら、扱い方を変える見通しが立っているか
  • 所属研究科で受理された論文の章立てを、実際に何本か見たか

おわりに

この3つの混同は、能力の問題ではありません。日本語の用語が揺れていて、指導する側も明示的に説明しないまま「検討になっていない」と言ってしまう。それが繰り返されるだけです。

違いを一言でまとめるなら、こうなります。レビューは記述、検討は評価、緒言は論証。この3語を覚えておけば、自分の原稿がどこにいるのかを確かめられます。

そして「文献を並べただけ」と言われたときは、文献を主語にしていないかを見てください。論点を主語に書き直すだけで、多くの場合は検討になります。

※ 本記事の記述は一般的な作法に基づくものです。章立てや用語の扱いは分野・研究科・学会によって異なるため、最終的には所属機関の指導と投稿先の規程に従ってください。
※ 本文中の文献の例はすべて架空のものであり、実在する研究ではありません。

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